2025.09.22
最近の金相場は高値圏が続いていますが、その背景には投資家やジュエリー需要だけでなく、中央銀行の積極的な金の買い入れがあります。
かつては市場に金を放出していた中央銀行が、いまでは大口の買い手に変わり、価格を下支えする存在となっています。
本コラムでは、なぜ中央銀行が金を買っているのか、そしてこの15年の相場にどのような影響を与えてきたのかを解説していきます。
中央銀行が金を買い増す理由は、大きく分けて「リスク分散」と「信頼の確保」にあります。
金は国債や外貨と違い、発行体の信用に依存しません。
つまり、デフォルトや制裁といったリスクから自由であり、「無国籍の安全資産」として価値を持ち続けます。
近年の世界的なインフレや地政学リスクの高まりは、この性質をより鮮明にしました。
例えば、2022年のロシアに対する経済制裁では、ドルやユーロの外貨準備が実際に凍結されています。
この出来事は、各国に強い警鐘を鳴らしました。
「紙の資産は他国の都合で無価値になる可能性がある」という現実を突きつけられたのです。
その結果、金の保有を強める動きへと直結しました。
また、米ドル依存を減らすことも重要な要因です。
米ドルは依然として基軸通貨ですが、為替の変動やアメリカの金融政策によって価値が揺らぎます。
そのため、中央銀行にとって金は「ドルに偏った準備を分散させるための対抗資産」として位置付けられています。
インフレヘッジとしての側面も見逃せません。
過去数年、世界的に物価上昇が加速する中で、金は購買力を守る手段として再評価されました。
その中でも、特に通貨価値が急落している新興国にとって、金は自国通貨の信用を補う重要なツールでもあります。
WGC(世界ゴールド協会)の2025年調査によれば、回答した中央銀行の95%が「世界全体で金準備はさらに増える」と予想しています。
さらに43%は「自国でも金を増やす」と答えました。
つまり、金購入は一時的な流行ではなく、世界の中央銀行が共有する長期的な戦略になっているのです。
2010年は、欧州各国が続けていた「金売却協定(CBGA)」による放出が終わり、新興国が本格的に買い手に回った節目の年でした。
この協定は1999年に導入されたもので、欧州の中央銀行が市場を混乱させないように計画的に金を売却するための枠組みです。
その期限が終わったことで欧州の売り圧力が弱まりました。代わって、中国やロシアなどの新興国が金を買い増す動きが目立つようになりました。
この年の純購入量は約79トンと小規模でした。しかし、中央銀行が1988年以来初めて純購入に転じたこと自体が歴史的な出来事でした。
ユーロ危機や世界的な金融不安を背景に、年間500トン超へと急増しました。
この時期、金価格も大きく上昇し、円建てで1gあたり5,000円を超える局面が現れるなど、「安全資産としての金」が鮮明に意識されました。
この時期は年間400~650トン規模の安定した購入が続きました。
米中貿易摩擦やアメリカの利上げでドル高が進む場面もありましたが、中央銀行の需要が下支えとなり、大きな下落を防ぎました。
特に2018年は656トンと高水準に達し、この安定需要が相場の底堅さを支えたことがわかります。
2020年はコロナ禍の影響で購入量が254.9トンに減少しました。
外貨準備を流動性の高い資産に振り替える必要があったため、一時的に金購入が鈍ったのです。
しかしこの時期、ETFなど投資家需要が急増し、金価格は史上最高値圏まで上昇しました。
>2021年には再び450トン規模に回復し、中央銀行の買いが戻っています。
2022年には1,080トンと過去最高を記録しました。
さらに、2023年は1,050トン、2024年も1,089トンと、3年連続で1,000トン超えを維持しています。
この異例の買い越しが、近年の金相場を高値圏で安定させる最大の要因になっているのです。
中国人民銀行は近年、ほぼ毎月のように金を買い増しています。
この狙いは、米ドル資産への依存度を下げることと、人民元の国際的な信用を高めることです。
外貨準備に占める金の比率は欧米諸国に比べてまだ低いです。しかし、経済規模を背景に購入量は世界でも際立っています。
この動きは、人民元建ての国際決済を拡大したいという戦略とも連動しており、通貨の国際化政策の一環といえるでしょう。
ロシアは2014年のクリミア併合以降、欧米からの経済制裁が強まる中で金保有を増やしてきました。
特に2022年のウクライナ侵攻後は、ドルやユーロ資産を凍結されるリスクが現実化しています。
この状況を受け、外貨準備の中で金の比率を大きく引き上げました。
金は制裁を受けにくい資産です。その為、ロシアにとっては「最後の信用の砦」として位置付けられているのです。
トルコ中央銀行は、通貨リラの急落が続くなかで積極的に金を購入してきました。
金は国際的に通用する資産であり、リラの信用を補う「安全弁」として利用されています。
また、国内の金需要が非常に強く、家計や企業が金を資産として持つ文化が根付いていることも背景にあります。
そのため、トルコの金購入は通貨防衛と国内金融安定策の両面を担っているといえるでしょう。
このように、中央銀行による金購入は国ごとに背景が異なります。
しかし世界的に見れば、金を増やす流れが主流であり、金相場を下支えする大きな要因になっているのです。
中央銀行による金の買い越しは、今後もしばらく続くと見込まれます。
その背景には、米ドル依存を減らしたいという新興国の思惑、そしてウクライナ情勢や中東不安といった地政学リスクの高まりがあります。
こうした要因がある限り、金は「安全資産」としての役割を失うことはありません。
さらに、インフレ局面で購買力を守る手段として金を重視する国も増えています。
例えば、通貨防衛を迫られる新興国や、外貨準備の多様化を進めたい国々にとって、金は戦略的に欠かせない存在となっています。
一方で、金価格が急騰しすぎる局面では、一部の国が一時的に購入を控える可能性もあります。
しかし、2022年以降のように年間1,000トンを超える高水準の買いが続いている現状を考えると、長期的には中央銀行の需要が金相場の底堅さを支え続けると見るのが自然でしょう。
総じて、金相場を考える際には投資家の動向や為替だけでなく、中央銀行の購入姿勢がどのように変化しているのかを注視することが、これからますます重要になっていくはずです。
投資家だけでなく、各国の中央銀行こそが“見えない大口の買い手”です。いまやその存在は、金相場を下支えする“第二の基盤”となっています。